薬とインスリン
インスリン療法
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インスリンを始めることは失敗なのかインスリンへ移る提案は、多くの人で失敗した感じを呼び起こし、その感じが判断を何か月も遅らせます。しかしこの一歩は罰ではなく、病気が年月のうちに進む自然な経過のひとつの段です。このためらいには研究の文献で名前があり、何が判断を楽にしたのかも測られています。 · 2 分続きを読む
インスリンの提案は試験の結果のように耳に届き、その人はそのとき自分の過去を探します。抜けた散歩、重くなった食卓、ときどき遅れた受診です。研究者はこの反応を三十年前から知っていて、それに心理的インスリン抵抗という名前をつけました。名前が抵抗であっても、頑固さとは関わりがありません。本当の話は、その人が何年もインスリンについて抱えてきた思い込みです。
これらの思い込みの向かいに立つ事実は、ひと文に収まります。外からのインスリンが要ることは、その人の努力ではなく、年月のうちに減っていく産生の力に関わっています。力がなぜ狭まるのか、治療がなぜ時とともに変わるのかを語る別の記事があります。1型糖尿病では姿が初めから別です。そこではインスリンが最初の日から命に関わります。
遅らせる考えはいくつかの見出しに集まり、そのどれの後ろにも似た取りちがえが立っています。
- 「針はとても痛い。」待たれる痛みと経験される痛みのあいだの差は、この分野の研究でもっともくり返される所見です。ペンの先はとても細く、皮膚へ入る部分も短いものです。
- 「では状態が重くなったのだ。」インスリンは重くなったことのしるしではありません。病気がどの段にあるかは、使っている薬から後ろへは読まれません。
- 「もう戻り道はない。」ある人ではインスリンがひとつの時期だけ続きます。これがいつも生涯とはかぎらないと聞くことが、ある研究で参加者の四分の三以上によく効いたと伝えられています。
- 「みんなが気づく。」見られることへの心配はよく口に出ます。客がいるときこの感じはさらに大きくなります。しかし手当てそのものは小さな仕組みで、とても短い時間で終わります。
このためらいの代価は静かな待ち時間になります。ある総説では、インスリンへ移る前の三年から五年のあいだ、半分以上の人が目標の上にとどまっていたと伝えられました。判断は多くの場合、意識して先送りされたものでさえありません。話はどの受診でも次へ残され、年月がひとりでに進んでいきます。
何が本当に助けたのかを研究は測りました。ある研究でもっとも役に立った近づき方は、過程を初めから終わりまで語ることでした。そのすぐあとに、何かが心に引っかかったときにチームへ届く安心が来ます。もっとも役に立たなかった道は押し通すことです。くり返された説得の試みは、参加者の半分以上に触れませんでした。
国際的な指針はこの点で、いつになくはっきりした注意を持っています。医師に、インスリンをおどしのようにも、個人の失敗のしるしのようにも語らないよう言っています。これは点数ではないからです。その時期も形も人によって変わり、それを話す場所も、受診のあいだのあの短い会話の中です。
インスリンの種類にはどんなものがあるのかインスリンの種類をたがいに分けているものは、働きが体の中で時とともに描く曲線の形です。働きがいつ始まり、いつもっとも強い点に届き、どれだけ続くかが、あるインスリンがどの家族に入るかを決めています。この三つの指標を知らずに行う比べ方は宙に浮きます。 · 2 分続きを読む
インスリンを分けている形を、三つの指標が言い表します。働きがどれだけ速く始まるか、もっとも強い時がどれだけはっきりしているか、そして合わせてどれだけ広い時間に散らばるかです。三つが集まるとひとつの曲線が現れます。二つの別の家族の曲線はたがいにとても遠く落ちます。分かれ目もここから生まれます。
違いの源は分子そのものです。インスリンは瓶の中でひとりで立っておらず、亜鉛のまわりに六つずつの集まりとして寄っています。皮膚の下へ移ったあと血液へまじるには、この集まりがまず一つずつの分子へ分かれる必要があります。分かれることが速いほど、働きは早く始まります。速く働く類似体では分子のいくつかの部品が違っていて、そのため集まりがゆるく立ち、速くほどけます。
長く働くインスリンでは、ねらいがその反対です。一部は瓶の中で澄んで立っていますが、皮膚の下へ移ると薄い沈みを残し、そこから少しずつ溶けます。一部は血液の運び手のたんぱく質につかまり、めぐりの中でとどまります。中くらいに働くインスリンでは、プロタミンというたんぱく質が同じ遅くする仕事をします。結果として、頂が平らになった、長く低い曲線が現れます。
家族を並べて置くと絵がはっきりします。
| 家族 | 働きの始まり | 頂 | 散らばる時間 | 担う役目 |
|---|---|---|---|---|
| 速く働く類似体 | とても早い | はっきりして早い | 狭い | 食事のインスリン |
| 短く働くヒトインスリン | 遅れて | はっきりして、より遅い | 中くらい | 食事のインスリン |
| 中くらいに働く、プロタミン入り | ゆっくり | 広く、真ん中に | 半日を超える | 基礎のインスリン |
| 長く働く類似体 | ゆっくり | ほとんど平ら | 一日じゅうに散らばる | 基礎のインスリン |
| 混合 | 二つの曲線が重なる | 早い頂 | 広い | 二つがひとつに |
表の五つの家族は、皮膚の下へ入れる形を覆っています。肺へ吸い込む粉の形は同じ指標では読まれません。その道は皮膚からではなく肺から通ります。
表の役目は二つの見出しに集まります。基礎のインスリンと、食事のインスリンです。本当の問いはこうです。この二つの役目はなぜひとつの曲線で満たせないのでしょうか。体自身の分泌も二つの層です。低い背景が一日じゅう続き、眠りの中でも切れません。食べたあとには、速く上がって下りる波が来ます。速さの違うインスリンは、この二つの層を別々にまねるためにあります。
家族の名前はそれでも粗い区分です。長く働く類似体のいくつかはほとんどまっすぐな線を保ち、いくつかは一日を楽に越えるほど広い場所に散らばります。速く働くもののあいだにも小さな速さの違いがあります。同じ行に書かれた二つの製品がぴったり重なることはありません。
見た目も粗い手がかりを与えます。ペンや瓶の中の液は、中くらいに働くインスリンと混合の多くで濁っていて、速く働くものと長く働くものの多くで澄んでいます。それでも同じ製品がみなで同じ曲線を描くわけではありません。吸収の速さは人によってはっきり変わり、この違いはヒトインスリンでいちばん目につきます。
インスリンはなぜ錠剤では飲めないのかインスリンはたんぱく質であり、消化の仕組みはまさにたんぱく質を分けるために働いている仕かけです。口から入るインスリンは、血液に届く前に胃の酸と腸の酵素に出会います。分けられずに残るわずかな取り分にとっても、腸の壁はきつすぎる関門になります。 · 2 分続きを読む
錠剤は、ひとコップの水のあとまず胃へ下ります。胃はたんぱく質を分けるために働く場所であり、酸はたんぱく質の鎖の折りたたまれた形をほどきます。インスリンの仕事は、まさにその折りたたまれた形にかかっています。形が崩れると、分子はまだそこにあるのに、もうどんな扉も開けません。
二つ目の打撃は酵素が与えます。胃のペプシン、小腸のトリプシンやキモトリプシンといった酵素が鎖を切り分けるからです。これらの酵素は、皿のたんぱく質と薬のたんぱく質を分けません。インスリンは彼らにとってありふれた食べ物です。
三つ目の関門は大きさです。腸の壁の細胞のあいだのきつい結びつきは、とても小さな分子にしか道を与えず、インスリンはそれには大きすぎます。その上に粘液の層もあります。四つ目は肝臓です。腸を通るものはすべてまずそこへ寄り、肝臓は来たインスリンの大きな部分を、めぐりへ出る前にとどめます。
- 胃の酸が分子の折りたたまれた形をほどく
- 消化の酵素が鎖を切り分ける
- 粘液の層と腸の壁が大きな分子に道を与えない
- 肝臓が、自分に届いた取り分の大きな部分をめぐりへ出る前にとどめる
四つの関門が合わさると、目を引く姿が現れます。守られていないインスリンが血液へ届く取り分は、百分の一を下回ります。意味のある働きに要る物質の量も、そのため運べないほど大きくなります。
肝臓がこの取り分をとどめることは、実は二つの顔を持つ出来事です。体自身のインスリンも膵臓から出るとまず肝臓へ寄り、そこでの濃さはめぐりの残りより高いままです。口から入るインスリンの引きは、いくらかこの自然な順に近づくことにあります。関門であるものが、同時に報いでもあります。
インスリンはこのため、消化を飛ばす道を通ります。皮膚の下がそのもっとも広く使われるものです。肺へ吸い込む細かい粉の形もあり、食事に連れ立つ速い選び方として自分の場所を保っています。長く続く肺の病気のある人と、たばこを吸う人には向きません。
口から入るインスリンの探索は一世紀を超えて続いています。今日の試みは、カプセルを胃から守ること、酵素を一時的に遅くすること、そして腸の壁をしばらくのあいだより通しやすくすることに立っています。ある候補は第三相の研究で待たれたものを満たしませんでした。もうひとつの候補は働きを示しましたが、針で入る量の何十倍もを要したため、運べるものにはなりませんでした。
難しさは吸収だけではありません。口から入るインスリンは、背景の必要と食事の上がりの両方を満たし、食べることから大きく影響を受けず、長い年月にわたって安全でなければなりません。錠剤をのみ込むには、ひとコップの水で足ります。その手軽さこそが、この探索がなぜ終わらないのかを語っています。
インスリンはどうしまうのかインスリンはたんぱく質であるため、しまい方の条件は細かい話ではなく、効きそのものになります。熱も凍ることも分子の三次元の形を崩し、崩れた形は元へ戻りません。開けていない箱と、使っているインスリンとでは、待たれるものもたがいに同じではありません。 · 2 分続きを読む
インスリンのこの繊細さは、そのつくりから来ています。分子は瓶の中で集まりとして立っています。熱と揺れが集まりをゆるめ、外へ出た分子がたがいにくっついて繊維に似た塊をつくります。この塊の名前は線維で、いちどできると元へは解けません。線維に変わった取り分は皮膚の下から吸われません。容器の中で場所を取りますが、何の仕事もしません。
熱はさらに、静かな化学の崩れを始めます。分子のいくつかの結びつきが時とともに変わり、効きがゆっくり溶けます。この失われは目に見えません。温度が上がるほど速くもなります。
凍る側で起きていることはもっと激しいものです。氷の結晶がたんぱく質のつくりを機械のしかたで壊し、解けることはそれを取り消しません。また澄んだ液も保証を与えません。見た目は直り、つくりは直りません。冷蔵庫の扉の棚は温度がもっとも動く場所で、奥の壁に近い場所は凍る線にもっとも近い点です。
開けていない箱と、使っている箱の待たれ方は別です。開けていない箱は冷たいところで長くとどまれます。使い始めた箱の、部屋の条件での寿命はかぎられています。容器の上の使用期限も閉じた容器のためのものです。容器が使い始められたあとは別の期間であり、その期間はずっと短いものです。数はひとつずつ、それぞれの製品の説明書に立っています。
熱に耐えることは思われているより少し広いものです。あるコクランの総説と、熱帯の条件をまねた検査室の測定は、ヒトインスリンが温和でない場所でも力を大きく保てることを示しています。それでもこれは自由の証書ではありません。耐えることは期間に、製品に依り、かぎられています。
見た目の変化は、目でとらえられる警告の合図です。
- 澄んで立つ液での濁り、または色の変わり
- 浮かぶ粒、かたまり、または溶けない小片
- 容器の内側の面の、凍りに似た曇った覆い
- 濁った製品での、混ぜたあとも散らないかたまり、または容器の底から上がらない沈み
これらの合図はどれも容器の中を見ています。長く働くいくつかのインスリンが皮膚の下に残す薄い沈みはまったく別のものです。それは設計の一部であり、瓶の中ではなく体の中でできます。
旅は二つの端を同時に話に上げます。飛行機では貨物の場所が凍る側に、車のダッシュボードと日が直に当たる窓ぎわが熱い側に残ります。保冷の袋で運ぶ箱が氷に直に触れることも、それ自体で凍る危険です。同じ運ぶ容器が、一日のうちに両の端へ近づきます。
しまい方の理屈はひと文に収まります。たんぱく質は端を好みません。端がどこから始まるのかは容器ごとに変わり、それを語るのは製品自身の説明書だけです。戸棚の棚で待つ箱と、冷たいところで待つ箱は、同じ期間には結ばれていません。
インスリンのペンとは何かペンは、インスリンを運ぶことと量ることをひとつの胴にまとめた道具であり、その説明はこれだけで済みます。おもしろいのは、部品がなぜこう組み立てられたのかということです。先が毎回新しくなること、胴がひとりのもとに残ることは別々の判断ではありません。 · 2 分続きを読む
ペンの前には二つの別の部品がありました。薬の入ったガラスの瓶と、使うたびに別に用意する注射器です。ペンはこれらをひとつの胴に集め、量る仕事も胴の中に取り込みました。人はもう目で引くのではなく、輪を回します。輪はどの段でもかちりと鳴ります。設計の出発点はこれでした。量ることを目から取り上げ、手へ渡すことです。
胴の中にはカートリッジがあります。薬が待っている細いガラスの筒がこれです。外側には量を決める輪があり、回されるにつれて段ごとにかちりと鳴ります。その音は飾りではありません。目がよく見分けられない人にとって、別の手ごたえの道です。ペンによっては輪がより細かい段で進み、ペンによってはより粗い段で進みます。この違いを指先が聞き取ります。先のほうはペンが運びません。あとから取り付けられ、自分の包みで別に売られています。
針の先が一度きりである理由は、裸の目には見えません。拡大の下では、一度使われた先のふちが鈍り、欠けが入っています。同じ先をもう一度使う人では、より多くの痛みが報告されています。鈍ったふちがそれの知られた答えです。皮膚の下の硬くなることのほうは別の話です。そこでの本当の取り分は先のものではなく、インスリンそのもののものです。これを扱う別の記事があります。先がペンに付いたまま忘れられると、カートリッジへ空気が入り、輪が示す量と外へ出る量が分かれます。
同じ理由は胴そのものにも当てはまります。先が変わっても、注射のあいだにカートリッジへ戻りうるごく小さな組織が、ペンをその人だけの器具にします。だからひとつのペンが二人のあいだをめぐることはありません。
ペンは二つの家族に分かれます。この分かれ目の唯一の指標は、カートリッジが胴に組み込まれているかどうかです。
| 性質 | 使い捨てのペン | 詰め替えるペン |
|---|---|---|
| カートリッジ | 胴に組み込まれ、出てこない | 空になると新しいものと替える |
| 胴 | 薬が終わると捨てられる | 何年も同じものが残る |
| 針の先 | 別に売られ、一度きり | 別に売られ、一度きり |
| 胴の材 | おおむねプラスチック、軽い | おおむね金属、少し重い |
| あとに残るごみ | そのたびにひとつの胴 | カートリッジと先だけ |
ペンはポンプではありません。自分で判断せず、血糖も測りません。新しい世代がこれの一歩先へ進んでいます。つながるペンは、最後に入れた量とその時刻を記録して電話へ渡します。そのために胴へ電池と結びつきの回路が入ります。つまりペンはもう薬だけでなく、薬の記録も運んでいます。こうして、最後の注射からどれだけ過ぎたかを胴そのものが覚えています。
米国糖尿病学会は、多くの注射を要する治療でペンを注射器より前に置いています。手の器用さが減った人や見えることに困りごとのある人では、この選び方がよりはっきりします。つまりペンは治療そのものではなく、治療を持ち運べるものにする道具です。どのペンが誰に合うかは、手と、目と、日々の秩序によって変わります。
この記事は情報提供のみを目的としています。病気の診断でも、治療や用量の指示でもありません。治療の決定は、いつも主治医と一緒に行うものです。